思い残す事のないように、山本はぎりぎりまでモスクワの街を走り回った。 寒波の到来で日中でも氷点下25度というとてつもない寒さのだが、運動量が多いせいかブルゾンの裏側は汗ばんでいる。 ヘアデザイナーとしてのデモンストレーションのTVニュースが功を奏したのか、帰り間際に、政府の偉ーい方からお呼びが掛かった。 なんでも道路と交通警察を掌っている方らしい。 Jonasun Journey に好意を寄せてくれた挙句に、ウラジオから出来る限りパトカーを先導させてくれるとの事・・・。 山本が立てている走行計画では早過ぎる。各通過都市でゆっくりと展示して子供達に見せてやって欲しい・・・と。 もちろん我輩もそれは願っていることだが、ゆっくりしていると宿泊費や食費が膨らむ・・・・。 「それは心配ない!、私がぜーんぶ面倒見てあげるよ・・・・!」 「もうひとつ毎日各都市の市長夫人のヘアカットも引きうけてくれますか?」 「お安いご用です・・・」 「いつまでに許可の目途がつけば良いですか?」 「二月中に目途をつけたいです。」 「ハラショ・・・!、なんとかやってみましょう。」 最後にこれをお土産に・・・、といって記念品の腕時計を差し出した。 山本とポポロフはその高価なプレゼントをありがたく頂いた。 さらに、彼は秘書に我々をアパートまで車で送るように指示した。 今回のモスクワ滞在で2度目のドライブを楽しんだ山本は、ほんの少しだけ余裕をもってシェレメチェボ空港に向かう事にした。 最後の空港までの移動は、これも初めてのミニバスを利用した。 地下鉄の駅前のバス停で待っていると少し大きめのミニバンが停まり、10数人のお客を飲み込むとすぐに発車した。 後の方から乗客が支払ったお札が回ってきて、最後にドライバーが鷲づかみでそれをダッシュボードに突っ込んだ。 この10数人のお客の中にアエロフロートのスチュワーデスが数人含まれていた。 シェレメチェボ空港は国際空港だから、きっと彼らはこのまま海外へ飛ぶのだろう・・・。 モスクワ時間19時05分、アエロフロート SU575便は定刻に凍てついたモスクワの大地から飛び立った。 わずか数十キロの海を隔てただけの隣国でありながら、これまで何一つロシアを理解していなかった事に改めて気づいた山本だった。 |