6月24日早朝5時35分、まだ薄暗いプラットホームからついに列車は動き出した。
本来ならば、もっとずーっと先のスコボロディーノという町から列車に乗るはずだったが、
そこまで行っちゃうと貨車の空きがなかなか取れなくてどれだけ待たされるか分からないと言うことと、
途中の道路が予想以上にまだ整備されていないため、大事をとってハバロフスクから列車を
使うことにしたのだ。
しかし、その代償は結構大きくって、輸送費だけで$2000というものだった。
仕方なく山本は国際電話をかけて送金してもらいことにし、なんとかこの場はしのぐことが出来たという顛末である。先が長いから節約節約・・・・・苦笑
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