Motorの話 そのトラブルは突然やってきた・・・。 1999年10月、ダーウィンの街を順調にスタートした私は初日の未舗装路でパンクをしただけで快調に距離を伸ばしていた。 中間点のメディアストップを14位とまずまずの順位で通過した後、天候にも恵まれて70km/hの巡航速度で4日目の走行を終えようとしていた時だった。 午前中はバッテリー残量が不安だった為セーブしていた憂さ晴らしのように、また、メディアストップで充電が出来た事も手伝い、ようやく我輩の本来の走りを取り戻していた矢先だった。 突然ほんとに小さくモーターが咳き込んだ事を我輩を運転中の山本は見逃さなかった。 一瞬の事で、小石でも踏んづけたと言われればそのまま見過ごしそうな兆候だった。 幸いにも、その後は何事も無く1日の走行を終えた。 今まで一度も見せた事のないモーターの異常に何となく不安を感じた山本は、翌日の走行に備え、メンバーには内緒でスペアモーターを指令車のトランクに忍ばせておいた。 そして翌朝、この日の第一ドライバーの若松(Nao)には、「万一モーターに異常があっても慌てないように・・・」と指示を出していた。 本来ならば昨夜のうちに不安のあるモーターは交換すべきだった。しかしスペアで持ってきたモーターも既にベアリングが音を発し始め、決して快調とは言えない状態だったのだ。 1年前、モーターの点検依頼をしたメーカーからメンテナンスが終了し、担当部所が消滅した旨の通知が届いていた。 「このモーターは壊したらそれで終了・・・ということか!!」山本はあるチームから中古で買ったこのEPSONモーターの行く末に一抹の寂しさを感じていた。 そんな山本の不安が的中したのはあと30分でメデァストップのテナントクリークに到着という時だった。 「モーターです!!。モーターが止まりそうです・・・!!」若松の悲壮な叫びが無線機から伝わった。 「スイッチを切ってリセットしてみて・・・、だましだましあと30分持たせたらメディアストップで交換が出来るんだけれど・・・」 「分かりました!!、やってみます・・・」 ほんの数分間、若松とEPSONモーターとの苦闘が続いた後・・・ 「やっぱり駄目です・・・。もうリセットも効きません。・・・止まります。」 ダーウィンをスタートしてから1999km地点で遂にそのモーターは歩みを止めた。 念の為、モーターとコントローラーの両方を交換し30分のタイムをロスした我輩はレースに復帰した。 幸いな事に、これ以降モーターに異常は現れずに無事アデレードのゴールラインに到着し、見事プライベートクラスの2位入賞を果たしたのであった。 3年前の記録を20時間も短縮した、55時間という記録はプライベーターとしては十分に評価できる記録でもあった。 時は移って2000年、いつになく暑い日がつづくソーラーカーレースWSR開幕前の事である。 あれ以来順調に回りつづけているEPSONモーターに再び異常が現れたのはレースまで一月を切った7月の上旬だった。 今年の我輩の調整はあまりにも順調に進んでいたせいもあり、春からの走行距離はかなりの数字になっていた。考えてみればベアリングが危ないと言われ続けてから早くも2年以上経過し、「もしかするとこのまま行けるのかも・・・」、そんな期待が山本の心にも芽生えていた。 いつものように消費エネルギーを測りながら走行パターンを比べていた山本は、10%程消費が増え、どうやっても元の数値に戻らない事に悩み始めていた。 今までは何かを改善すればほんの少しでも数値は上がっていたのだが、今度ばかりは何をやっても前の数値に届かないばかりか、セッティングを戻しても数値の悪さだけは戻らなかった。 あと考えられるのはベアリングのみだった。 試しにチェーンを外してフリーにして回してみるとやはりかすかにゴロゴロうなり音が聞こえる。 意を決してEPSONを頼らずにベアリングの交換を試みる事にした。 幸いにも大館市にある金型製作を得意とする戸田精工が引き受けてくれた。 既存のベアリングプーラーをモーター用に改良し、更にははめ込み用のアダプターまで製作して交換が成功した。もちろんベアリングのグリースを脱脂してドライタイプの潤滑剤で処理するおまけ付きで・・・。 こうやって望んだ2000年のWSRは、予定どおりの走行で初日13周を走り、トップと1周差の好位置につけていた。 そんな矢先、ふたたび我輩の心臓であるEPSONモーターを不整脈が襲ったのであった。 ドライバーはこれもまた幸運な事に、あの時と同じ若松(Nao)がドライブしていた。 「あの時と同じ兆候です。とりあえずリセットで持たせながらピットに入ります・・・」 若松からの連絡を受けたピットは急遽対策を練った。 バッテリーの電圧降下はない。 異音が出ていない事からモーター本体の故障ではなく、制御系の何かだろう・・・。 モーターのカットオフが働いたと仮定して、考えられるのはブレーキレバーと連動してモーターをカットする信号系の配線か・・・? とりあえずピットでは応急処理として、後付けの配線の撤去作業を敢行して様子を見る事にした。 その作業はわずか10分で完了し、レースに復帰できた。 曇り空の為ペースダウンしていたライバルたちに大きな遅れを取ることもなく戦列に復帰できた事は、またしてもラッキーだった。 レース後の点検で、この時撤去した配線に異常は見つからなかった。そして未だにこれらの兆候が何に起因するものなのかが分からないままになっている・・・。 しかしこの一連の騒ぎのおかげで、明るい話題がひとつ加わった・・・。 オーストラリアで交換した後、もう諦めかけていたあのモーターが本体は問題なく、制御系のトラブルだということが確認された。 これでどちらも制御系さえ修理できればまだ使えることになる・・・。ただし修理できればの問題なのだが・・・。 いずれにしても、モーターのトラブルを最小限のダメージに抑えて無事20世紀最後のレースを終えた。ストッククラス2連覇というご褒美までついて・・・。
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